2010年1月21日木曜日

デスクトップフォルダのファイル数を見たら323個だった
>「君をエリーPのするらジロHめンペ消たからクをで始抹」
バッカジャネーノ

2010年1月18日月曜日

癖で
いかに自分が惨めか
表現しようとしている自分に気づき
愕然とする

↑そしてこの文章も、その一例になっている

2010年1月16日土曜日

言葉の表面だけ見て、それが是か非か論ずるのは無意味だ
その言葉が発せられた意図、背景、話者の精神状態、何を言わんとしているかを汲んで
考えなければならない
(言葉は、表現したかった内容の近似に過ぎない)
人間は論理的な生き物ではない
思考ルーチンの殆どは、考え方の癖で占められている
正しくない考え方をしている癖のある者は
その先も正しくない考え方をする傾向にある

くよくよした考え方の者は、おおよそ先まで、ずっとくよくよしている


従って、今の自分の考えを
信じこまない事が重要になる
ちょっと頭のいい猿が、考え出した結果が真理であろうはずもない
社会は存在しない
それは、個々の人格と、その行動の集合からなる
30人程度から嫌われても
なんの問題もない

難しく見える言葉や表現で煙に巻いてはならない
それをしようとしているとき
私は自分自身で、それをわかっているはずだ

人間は根本で分かり合える
人間の強さは疎まれることが多々あるが
人間が時に見せる弱さは他人にも共感される
死は何も産まない、それは無だから、幸せも何もない

自殺は、肉体的苦痛が継続的に続いたときに限る
動物的な生き方でさえ、困難になったときに限る
それまでは、いかなる手段を用いてもあがいて抵抗する

弱音や後ろ向きな言葉は人に向かって吐く
自分に対して言っても何も解消されない

酔った時に出てくる言葉が
自分の本当の気持ち
根本的には最優先されるべき
(ただし、対人したときに、戦略的知見から、そのままの素を出しては行けない
 あくまで、自分の気持ちの確認に限る)

人に迷惑をかけない
後ろ指を指されない生き方は
自由度が高そうに見えて
実は最も困難

人は考え無くなったときに死ぬ

自分の生き様を、他人や環境のせいにしだしたときに死ぬ

恐怖の正体は不安
不安は、恐怖の対象が不明瞭であることから生じる
何が、恐怖の対象が、完全に知っているときには、実はそれからは恐怖は生じ得ない
本当の恐怖は、恐怖の対象だと誤解していたモノと、相対した結果にあるであろう先の幻影

荒削りの完成品は、完成部分に関しては非の打ち所ない未完成品に勝る